動乱期の幕末を松本良順、司馬凌海(島倉伊之助)など医者の視点を通して書かれた物語。
前回の大村益次郎を含め、医者が語学を含めた洋学の多くを担い、開国~開化まで大きな役割を果たしたことを学びました。
また、松本良順は新選組や河井継之助(峠)なんかにも出てきて、すごく気になっていました。その人となりを知れてよかった。
松本良順:wikipediaより引用 |
いま自分の立場で何が出来るのか。
何をしなければいけないのか。
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〈一〉
死にぐるいになって、六十日で漢方の書籍を憶えて憶えて憶えぬいてみるか。(p.81)
「武士と言うものはな、たえず風が吹きとおっているような人間でなくてはないかん。」「毎日、どこで落命してもいいように、自分の始末だけはしておけ」(p.110)
既成体制がもっとも怖れるのは、それを突きくずす思想というものだ(p.119)
「相手の感情へのいたわりが礼儀のはじまりだ」(p.193)
まず養父良甫を解かねばならない。が、養父に危険をもたらすこの願望をどう切り出して打ち上げるべきかを悩んだ。紀伊国橋の岸から飛び込んだのは、異状ではあったが、両順にも多少の理由がある。養父良甫に、まず緊張を強いてみたつもりだったのである。(p.336)
「土地を知りぬくことは、後日何かの役に立つことにございます」(p.385)
「快適のその日その日を生きたい、という欲求が、人間ならたれにでもある。あらねばならんし、この欲求を相互に守り、相手を傷つけることをしない、というのが、日常というもののもとのもとなるものだ」
だから、群居している人間の仲間で、行儀作法が発達した。行儀作法は相手にとって快感のためにあるのだ、と良順はいう。(p.458)
〈ニ〉
世の支配者にとってもっともおそろしいものは、思想であろう。
万人に差別意識を強固に持たせることによって徳川の体制は成立している。(p.130)
「相手を尊敬しなければ、相手の持っているものが自分の体の中に入ってこない」(p.244)
物言いはやはり人柄がくっついて出てくるものらしく、(p.324)
(この男は、要するに何かを共有していないだけのことではないか。)
と、寛斎はおもった。何か、ということについて、寛斎が生きていることの時代、適切な用語がない。要するに文化というものであろう。一つの民族がひとつの社会を営むために、人と人の間におこる無用の摩擦や感情の齟齬を避ける文化が発達する。日常の行儀、相手への気づかいを示すちょっとした仕草、あるいは言葉づかいといったもので、それらを、どの民族の社会でも堅牢に共有し、相続させてゆく。(p.358)
人事というのは良順が信じているほどに図式的ではない。(p.459)
〈三〉
世間体、世間擦れ、世間雀、世間師、世間騒がせ、世間知らず、といった意味での世間は、オランダ語にはその陰翳に符合した言葉がなく、公共、社会、現世などとはちがっている。
世間気という言葉もよくつかわれる。世間が自分や自分たち一家のことをどうおもうかということでしきりに世間体を繕う気遣いのことである。このふしぎな精神は日本の水田耕作の農村という形態から出たもので、中国にも同質のものはない。農民も武士も世間気を使い、世間口をおそれ、世間体をつくろって暮らしている。(p.137)
「野郎世帯というのをご存知か」
と、慶喜の側近と雑談するときに、いったことがある。宮大工などが、山寺の修復をするとき、男ばかりがかたまって山中でくらすために喧嘩や刃傷沙汰がおこりやすい。
「たがいに寛容でなくなる」(p.283)
屯所内を良順が一巡しておどろいたのはどの座敷でも壮漢が昼からごろごろしていることで、これは山塞の盗賊のようだ、と言い、
「せっかく志あるものも環境上無頼漢の気分になってゆくのではないか」
と、いうのである。(p.415)
〈四〉
慶喜は憤懣をおさえかねたが、しかし揚げ足をとられることをおそれて言葉数をすくなくし、
― 返答はしばらく猶予を。
ということで、使者の春嶽をひきとらせた(p.99)
中山のいう簡単とは容易という意味ではなく、単純で明瞭という意味である。この困難に処する道は複雑な態度では処しきれず、どこかで矛盾撞着ができてしまう。佐渡の民を守る、というだけの方針なら、どんな事態でも誤ることはあるまい。(p.195)
伊之助は世の中でおよそいそましいということほど嫌いなものはない。なんのために人は勇ましくしたがるのか、勇ましくすれば世間がよくなるのか、ひとびとが楽しくなるのか、あるいは酒食でももらえるのか、まったくよくわからない。わからない以上に、男どもが勇ましくしはじめると、伊之助は恐ろしくなってしまう。
(中山修輔さん、どうか勇ましがってくださるな)
ということを、伊之助は腹の内で掌を合わせたい思いで願っている。中山が変に勇ましがれば壮士が昂奮するだろうし、その熱気が本土につたわって敵を誘い込むはめになってしまう。(p.196)
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