20111018

旅の記録 / NY?

番外編

見ても何の役にも立ちません

途中からどうしても気になりだして、撮り続けてしまいました。

カラフルな消火栓たち。



赤!

緑!

黄!
蛍光!
エメラルド!

白!
黄土色!
ニ色!

ギザギザ!

どや

20111017

旅の記録 / NY4

4日目

ちょっと写真を大きくしてみます。
見にくかったり、重かったりしたら教えて下さい。


"No.7 SUB"
初日に紹介したすごくかっこいいホテル併設のサンドイッチ屋 
ブロッコリーと卵だったり、豆腐を使ったりとあまりない組み合わせでおいしかった
やはり内装は綺麗


"4Food"
教えていただいたハンバーガーの組み合わせを選べるお店
De-
ソースの所でクランベリーを選んでしまい、甘くなり大失敗

"Dean&Deluca"
水差しあなどるなかれ


"Whole Food Market"
こちらも教えていただいたコロンバスサークルの店
量と種類に圧巻
ホテルのバイキングの比ではないほど種類がある

六本木ヒルズにあるObika
こちらはIBMの建物内
こういった小規模タイプであれば他店舗展開できる




最後は、MOMAの美術館に行って来ました
上から、
・アンディー・ウォーホール
・北大路魯山人
・ブルーノムナーリ

最下は色使いや動きに今回一番鳥肌が立った、Jacobe Lawrenceという人の絵画
違う美術館だけど、ヒュイットニー美術館(HP)のサイトがわかりやすかったです。
ホントはもっと店舗を紹介したいんですけど、収集がつかないのでこれぐらいにしておきます。picasaにはアップしているので、、もしご希望の方は共有しますのでお教え下さい。(確かgoogleのアドレスを取得しなきゃいけなかったと思います)

今日は歩きすぎて、人生初、ももの付け根がつりました。
明日はブルックリン。

20111015

旅の記録 / NY3

NY3日目

ちょっとずつトイレの位置も分かって来ました。トイレがあまりない!

ベーグル屋さんもおしゃれなものがありました
ブルックリンという単語が若者やクリエイティブを表す一つのブランド



'ino
サンドイッチではないんですが最高の朝食
パンにチーズと半熟卵ととトリュフオイル

ピーナツバターの専門店
エルビスが愛したベーコンとバナナとピーナツバター
こういうニッチな商品を主力にしてるのがすごい

その隣りのコーヒーショップ
大学が近くにあるせいかひっきりなしに
今Casa Brutus なんかで特集されてるけど、
きっと日本でもこの流れが来るのでは

街の壁画にはこんなきれいなアートも


サラダをこの中から4種類ぐらい選ぶシステム
そう言われても慣れていないとむずかしい
しかも量が半端ない。
でも圧巻

ベニヤを使った素敵な店舗
1日目に紹介したThe City Bakeryのセカンドライン



La Corombe
またまたコーヒーショップ
レンガと挿し色のエスプレッソマシーンのオレンジと
ロゴのエメラルドグリーンがいい
ここも常連に愛されている

今回3日目にして感じたのは総体的に店がカッコいいのは、建物自体にもしっかりと重厚感があり、1Fの天井が高い設計になっているからではないだろうかと思うようになって来ました。

全部が全部その理由ではないにせよ、どの店にも当てはまります。
日本で私が好きな店も天井が高く広々とした空間になっています。

ここ重要なのではないか一人悶々と思っています。

20111014

旅の記録 / NY2

NY2日目

チップの習慣や道にもだいぶ慣れてきました。
1日目は半袖で暮らせたのに、今日は雨のためすごく寒いです。

Blue Dog Coffee
小さなコーヒーショップ
朝8:30ひっきりなしに来客

いいですよね、こういうの

Ninth Street Espresso(HP)
コーヒーショップの有名店
内装がすごくシンプルで、スタッフもラフ
けれどもすごくぬくもりがある


Luke's Lobstar
これでもかといわんばかりのロブスターが入っていました
ロブスターはしっかりと味がマリネされていておいしい
ハーフサイズで8.5ドル

Porchtta
先ほどのロブスターの店のすぐ近く
こちらもこれでもかといわんばかりの肉
長時間ローストされていてホロホロ
グリーンペッパーが効いてて臭みがない

自分の好きな店舗デザインはコーヒーショップに多いです。
またサンドイッチを多く食べてメニューやオペレーションの勉強も。

コーヒーショップとサンドイッチを交互に行く(サンドイッチ屋では水で口直しにコーヒーショップ)という節約技を手に入れ、明日からも視野を広げに行ってきます!

20111013

旅の記録 / NY1

NY
ついにやって来ることができました。

飲食業に携わってからはずっと、いつかは行こうと決めていました。

食文化に関して言えば、スペシャリティコーヒーやスープ、ドーナツ、フローズンヨーグルトなどにも見られるように、文化の多くがアメリカから始まっていることは間違いないと思っています。
そして、この流れが突然切れることもないと考えています。

一時的なブームとして多くが去ったものもありますが、定着しているもの例えばタリーズやスタバなんかは日常の切っては切れないものになっているんじゃないでしょうか。

また、私が自分で何かをやるときに大切にしたいこととして、
「新しい価値観を提供して、人々の生活をよりよいものにしたい」という思いがあります。

ブームをつくるのではなくて、何かをきっかけとして生活が豊かになればいい、それを飲食業の立場として行いたいと考えています。

食文化の中心地であるNYに自分が店をやるためのヒントがあると思い、今回の視察を行うことに決めました。



ACE HOEL
泊まれなかったけど、今回泊まった宿の近くにありました。
受付もいちいち格好良い。
オープニングセレモニーが併設されていたり、
ACE HOTEL×BEAMSでかばんやパーカー販売したり。
泊まれなかったけど(涙)、1日目の朝食はここで。

Zaro's Bakery
定番のデリといった感じ。
パスタやサラダを自分で組み合わせれたり。


オリーブなんかの盛り付けやタグなんかも勉強

こちらでは、注文すると「What's your name?」と聞かれる。
自分用に作ってくれた嬉しさや、親近感が湧く。
日本ではできるのかな?

The City Bakery
このロゴ、アメリカっぽくて素敵だなぁ

アップル前にて
"I Sad 2"ってメッセージや
かじられたリンゴが添えられていました

Chelsea Market
素敵な水差し

Cosi
チェーン展開しているサンドイッチ店
量が多い
具が分厚い
コーヒーと焼き菓子のみの小さなカフェ
内装がかっこいい
こんな店を一日目にして何件も見つけました

きらめくアンディー・ウォーホル像


せっかくなので鉄道陸橋を整備したハイラインを散歩。
デザインや色使いがおしゃれです
ストイックに飲食店ばかり行こうと思って6店舗ぐらい朝から夕方までまわりましたが、胃には限度がありました。
明日からもペース配分をして回っていきます。

20111010

旅の記録 / 台湾

〈2011年10月9日~10日〉

NYへ出発するつもりが、台北にストップオーバーで滞在できるというので1日便を早めて行ってきました。

バスの混雑、洗濯した石鹸の香り、シャンツァイや八角やいろんなスパイスの匂い。
バスやタクシーの喧騒。

アジアにやって来ました。
県泰豊のショウロン、ポー!
台湾ビール 
1週間ほど前の瓶詰めでした

教えていただいた、周記肉粥店。
今回一。
西門近くの「大腸製麺」って看板を見つけたので
入ってみたけど、オススメしていただいた店と
違うことが判明しました。

でも、ホルモンがほろほろで
にんにくがすごく効いてて
おいしかったーーー
他にも、写真は取れなかったけど、夜市のシューマイみたいなものとかすごい賑わっていたとこもおいしかったです。

台湾近いから2日あれば弾丸でいけますね、また着たいです。

今からNYへ。



20111006

本の記録 / 大村益次郎

花神  司馬遼太郎  新潮文庫

幕末についてすごく興味を持って色々調べたり各地に行っているのですが、大村益次郎(村田蔵六)という人物については詳しく知りませんでした。大砲を設置した人物として教科書に出ていた気がします。
大村益次郎(村田蔵六)
参照:wikipeidia
長州で医者の息子として生まれ、緒方洪庵に師事して蘭学を学び、宇和島藩で初の日本国産の蒸気船を作り、江戸にて講師をして、のちに長州にて軍事担当として長州藩を率いて維新の重要な役割を果たしたという、異例な経歴でありながら日本史において欠かすことのできない人物。

維新を彼を通して見た著書には、西郷隆盛、坂本龍馬のように光が当てられた政治家ではなく、軍事家、実務家といった情勢を把握し理を詰めるといった経営者らしい人物像を見て取れました。

河井継之助といい、日本史でそれほど取り上げられていない偉人を知れたとき時、人物から学んだ時の高揚感はもう記録せずにいれません。


==


〈上〉
武士というのは規則と作法ずくめの環境であたまがかたくなっており、あたまの梁や柱をたたき折って想像を外へひろげるという力をもっていない、とみている、そこへゆくと職人であった。職人は絶えず手足の実感で物をつくっており、その実感のなかから蒸気機関を想像することはできないかと思った。(p.164

蔵六にいわせると、まずつくりあげてみることであった。作ってうかべて動かしてみれば欠陥がぞろぞろ出てくるであろう。その欠陥を手直しする過程において、宇和島藩の造船能力が養われるのである。まずやることなのだ、というのが、蔵六の思想であった。(p.178

(人生は、単純明瞭に生きてゆくほうがいい)
 これも、蔵六の信仰のひとつである。(p.181

 本来、男性の社会にはそういう(志のような)単純な言葉が多い。そういう単純な概念のことばを一語用いるだけで、男子たるものの心の志向や、その生涯の方向を言い表してしまう。(p.299

 しかし、日本じゅうが福沢(諭吉)のように訳知りで物わかりが良すぎてしまってはどうなるか。かえって夷人どものあなどりをまねくにちがいなく、国家にはかならじほどほどに排他偏狭の士魂というものが必要なのだ、ともおもった。(p.366

〈中〉
政治は感情であるという。
感情の中でも最も強烈なのは嫉妬であろう。(p.80

「タクチーキのみを知ってストラギーを知らざる者はついに国家をあやまつ」
(中略)タクチーキという蔵六が発音しているのは戦術のことであり、蔵六はこれを
戦闘術と訳している。ストラギーは戦略、蔵六は将帥術と訳していた。(p.117

「将帥は寡黙でなければならない。いちいち物事におどろいたり口やかましく感想を(さえず)っているようなことでは、配下はそのことにふりまわされて方途に迷う」(p.120

が、桂に対して蔵六はそれ(腹の中)がいえた。桂は創造力より理解力に富み、さらに他人のことば尻をつかまえて昂奮(こうふん)したり、触れあるいたりすることが全くなかったからである。(p125

桂は天秤における支点そのものであった。桂の感覚における支点の左右がつねにこまかくふるえていて、すこしでも左なら左が重くなると、そっと右に分銅をおいて釣り合いをとろうという働きをする。天秤が無私であるように、こういう感覚のもちぬしは、つねに無私でなければならない。(p201

 眼識をあと押しする胆略がなければ人物というものは見えないであろう。(p300

 古来、勝利者は兵力の集中に成功したものであり、これとは逆に敗将たちの敗戦の共通理由は兵力の分散にあったということを、蔵六はよく知っていた。(p307

 「大軍ニ奇ナシ、という言葉がござる」
 と、蔵六はいったが、そんな言葉は、古今東西にない。が、秀才を説得するにはそういう言葉を援用するに限る。(p.311

 安心させてやらねばならない。それには便法として香具師(やし)のような手も、必要である。それが、対内的軍事というものであった。軍事はまず、内部を鎮めねばならない。(p.313


〈下〉
 たしかに冷静に物量を計算すれば蔵六のいうとおりであった。
 が、磁性というものが、目には見えぬながら、風をおこし、すさまじい勢いをもって旋回しようとしている。そのことを蔵六の眼力では見ぬけなかった。
 桂にも、それを見ぬくについて自信がなかった。
 「勢いというものが、歴史をうごかす」(p.119

「セゴ(西郷)どんの人望好き」
 と、西郷隆盛について大山巌がいったという。(中略)
 が、蔵六というのはその対極にいた。
 かれにとって戦略上必要であるというその必要が正義であり、必要のためにはいささかのしんしゃくもなかった。(p.296
 
 西郷の巨大さは好んでころぶことにあることを、勝は見ぬいていた(p.299
 
軍事というのは元来、天才による独裁以外に成立しないのである。(p.323

 私心を露骨にみせはじめた革命家ほど始末にわるい存在はなく、(p.329

 蔵六は勝つための戦法を考えぬいたうえで兵を出す、ところが戦争のことだから不期遭遇戦(そうぐうせん)というものがあり、そのことは蔵六の計算外になる、「計算外のことだから、手にあわぬとみればさっさと逃げてよろしい。退却して後図を策すればよいのです」というのである。(p.338

西郷は勘定なしのしごとをやろうとし、その尻ぬぐいを大村がやった、というのだが、このことはかならずしも両者の関係の真をうがった言葉とはいえない。攻略家と政治家の機能的な相違ということで、ただそれだけのことである。(p.368

西郷は度量や寛仁の人というだけでなく、愛嬌(あいきょう)含羞(がんしゅう)の人でもあった。(p.369

蔵六がなすべきことは、幕末に貯蔵された革命のエネルギーを、軍事的手段でもっと全日本に普及する仕事であり、もし維新というものが正義であるとすれば(蔵六はそう思っていた)津々浦々の枯れ木にその花を咲かせてまわる役目だった。
中国では花咲爺(はなさかじじい)のことを()(しん)という。蔵六は花神のしごとを背負った。(p.378